そうして久しぶりにぐっすり寝た翌朝、あたしはいろんな事を取り払った爽やかな気分で目を覚ました。その表情を見た柊は『うん、だいぶ復活してきたな』って嬉しそうに笑っていた。そうして朝食を食べて仕事に出かけていつもより調子よくこなして一日を終えて、柊のマンションへ帰ろうとすると、『…待て』って誰かがあたしを呼びとめた。その人物は――
「将さん…どうして?キャンプはどうしたの…?」
「どうだっていい…御館さんの部屋へ帰るのか」
「…」
「…答えろ!」
 その目は嫉妬の炎と怒りで燃えていて、思わず目を逸らしたくなる位恐ろしかった。あたしが恐怖で何も言えなくなっていると、将さんはあたしの腕を引き、ちょうど来たタクシーへ乗せ、自分のマンションへ連れて行き、部屋へと無理やり入れて、そのまま寝室へ引き込むと、乱暴にあたしを組み敷いて、低い声で問いかけた。
「お前を…あいつはどんな風に悦ばせているんだ?」
「そんな事してない…柊は何もしてないわ…」
「信じられるか!俺を裏切ったお前の言葉なんか…!」
 そう言うや否や将さんはあたしの着ている物を剥ぎ取る様に脱がせていき、荒々しく身体中に唇を這わせる。その行為にあたしは過去の『あの男』がなぜか重なって、極限の恐怖の中で、力一杯の抵抗をする。
「いや!いや!お願い!やめてーっ!」
 恐怖であたしは混乱しながらも必死に抵抗するけれど、将さんは何も聞こえていない…ううん、聞こうとしないみたいに、力ずくであたしを抑えつけて行為を続けていく。そんな将さんとあたしを感じて、あたしは涙が出てきた。こんな抱かれ方をされる様になってしまった自分が、そしてそんな風になるまで傷つけてしまった将さんの心が哀しくて――そうふっと頭によぎった時、あたしはこれが将さんを裏切って柊に傾いたあたしの受けるべき罰だと思って、全ての抵抗を止めた。おとなしくなったあたしの身体をそのまま将さんは荒々しくまさぐっていって、最後に自分の欲望を遂げた。全て終わった後、将さんは抵抗を止めた後は自分を慈しむ様に振る舞うでもなく、かといって快楽に溺れる事もなく、まるで人形みたいに動かないでいたあたしに気づいてあたしの顔を覗き込む。その眼にはまだ嫉妬の炎があったけれど、人形みたいなあたしの目から流れている涙に気付いた将さんは、少し落ち着いたらしいほんの少しの後悔が混じった静かな口調で問いかける。
「もしかして、本当に…何も…なかったのか?」
 将さんの言葉に、あたしは涙を流したまま、静かにその問いに答えた。
「将さんは…何を言っても信じないでしょ?…」
「葉月…」
 あたしの言葉に将さんは暗い表情を見せる。その表情を見た時、あたしは、あたしの中にあった全てを言葉にしていった。
「直接的な事は…何もないわ。信じてくれるか分からないけど…でも、本当の意味じゃ…何もなかった訳じゃないかもしれない…あたしは…将さんにずっといろんな事を待たされて…曖昧な関係でいる事に疲れて…そんな疲れた心に…柊のあたしに対する想いが、あったかくて嬉しくて…今…二人の間で、揺れてるわ。…将さんの事は本当に愛してる、でも…柊も別の意味で愛してるの。…分かったでしょ?あたしはこんなに軽薄で、尻軽な女なのよ…だから…将さんにふさわしくないって思ったら…別れてくれて…いいわ。あたしは…受け入れる。それが…他の男の人に心が傾いた…あたしの罰だって思うから…」
「…」
 将さんは黙ってあたしの言葉を聞いていた。そうしてしばらくの沈黙の後、将さんはあたしに静かにキスをした。その目には涙が光っている。唇を離すと、将さんは静かに呟いた。
「…すまん…俺は…何て事を…」
 その表情と口調で、将さんが今回の行為だけじゃなくって、今までの自分のあたしに対する振る舞い全てに対して、心から後悔しているのは良く分かった。でも、今回の行為で将さんはあたしに、今の将さんにとってあたしと肌を合わせる事は愛の表現じゃなくって、ただ柊に奪われたくないっていう対抗意識や執着や欲望のはけ口でしかなくて、そんな行為の中では、あたしは穢されてしまう様な恐怖があたしの中にできてしまった。その恐怖から一刻も早く抜け出したくて、穢れた様に感じている身体を少しでも早くきれいにしたくなって――あたしはそれを口にした。
「あたし…柊の所に戻る」
「葉月!お前…」
 あたしの言葉に驚愕する将さんに、あたしは静かに言葉を返した。
「将さんがこういう事をする限りは、あたし、将さんのあたしへの思いは、愛っていうより単なる執着とか、柊に対する対抗意識…ううん、もっと言えば、欲望のはけ口にしか思えない。そんな将さんから身を守るには、柊の所にいるしかないの…だから…将さんとはしばらく会わないし、連絡も受けない。あたしの想いが誰にあるのか、将さんと柊、どっちを選ぶのかは…柊の所で決めるわ。その方が公正に決められるって…そう思ったから」
「葉月…そんな…」
「何より…チームの危機に誠心誠意対応しなきゃいけないのに、嫉妬心でキャンプ先から舞い戻って来る様な将さんなんてあたしは嫌。あたしの愛している将さんは…自分が今何をすべきかがちゃんと分かって、その上であたしを愛してくれる人よ…そんな将さんを壊してしまうのがあたしなら…辛くても、将さんのために別れる事だって選択肢に入れるわ」
「…」
「じゃあ…あたし帰る。将さんも、すぐにキャンプ先に戻って。キャンプ放り出して、こんな事して…見つかってどんな事を書きたてられても…あたしは何も言えないから」
 冷淡に言葉を紡いでいくあたしに、将さんは懇願する様に更にあたしに声を掛ける。
「葉月…頼む…俺を…」
 将さんの弱々しい口調と言葉で、あたしに対する想いが分かったけど、あたしの心は今回の将さんの行為でまた冷え切ってしまった。そんな今のあたしは、将さんがどんなにあたしを愛してくれているとしても、その言葉の先を聞きたくなかった。だから…その先の言葉を冷たく制した。
「その先は聞かない。自分でも酷いと思うけど…あたしを傷つける今の将さんを…あたしは愛せない」
「…」
 引き止める言葉を冷たく制したあたしの態度に、将さんは沈痛な表情でうなだれた。あたしは何とか身づくろいをして、逃げる様に部屋から出て行った。