「…へぇ、アマーリエはもうこんなに有名になっちまったのか」
 アマーリエの事が書かれた新聞記事を読み、クラウスのいれてくれたお茶を飲みつつ、テオドールが呟く。その言葉に、クラウスが説明する様に続ける。
「まだ余り知られていない頃に、一度聴きに行って正解でしたね。今ではチケットを手に入れるのも一苦労だそうですよ」
「…それでもフランツには必ず、目立たない所だがチケットを贈ってるって訳だ」
「今夜も行っていますよ。彼女の演奏を聴きに」
「あいつの正体がばれねぇ事も祈りたいが…それ以上に」
 その言葉に続ける様にクラウスが口を開く。
「…うまく行くといいですね、二人の恋が」
「そうだな。…しかし俺達や、あいつの親父が許したとしても…一族の連中や国民がどう出るか…」
 テオドールの言葉に、クラウスも難しい顔になって同意する。
「一族の人間はとにかく実権を握りたくて仕方がない者達ばかりですし、国民達はフランツの存在自体を許していませんからね。私達でしっかり守りましょう、二人を」
「ああ、そうだな」
「…ところでテオドール、あなたはローザの所へ行かないんですか?」
 悪戯っぽく軽くジャブを浴びせるクラウスに、テオドールは狼狽しながら声を荒げる。
「な…何言ってやがる、俺だって毎晩は酒飲まねぇよ!」
「でも行かないとローザが寂しがりませんか?」
「やかましい!俺の事はほっといてくれ!」
 ぶすっとした態度で口をつぐむテオドールを、クラウスはくくっと笑って見詰めていた。

 演奏が終わった後、アマーリエはフランツとの短い逢瀬のために素早く帰る支度を終えると、こっそりと会場を出て、約束の場所へと足を向ける。約束の場所には既に彼がいて、やって来たアマーリエを抱き締めると、囁く様に言葉を紡ぐ。
「…今夜の演奏も素晴らしかった」
「…ありがとう」
 二人は唇を重ねると、取りとめも無く会えなかった時間の事を話し、その時間を埋めていく。そして会話が途切れた時、フランツは彼女をじっと見詰め、小さな箱を出した。
「これを…受け取ってもらえないか」
「フランツ…?」
 アマーリエは箱を受け取り、促されるままに包みを開ける。そこには蓋に繊細な細工がなされ、その裏に彼女のイニシャルが刻まれた懐中時計が入っていた。彼女は驚いてフランツを見詰める。
「フランツ…」
「本当なら指輪なのだろうが…ピアノを弾く人間に指輪では不便だと思って時計にした。…それから」
「それから?」
「これからの時間を、私と一緒に過ごして欲しいという願いも…込めてある」
「フランツ…じゃあ…」
「結婚してくれ…私と」
「…」
 アマーリエは涙ぐみ、言葉が出てこない。そんな彼女をフランツはもう一度きつく抱き寄せて囁く。
「…駄目か?」
 アマーリエはしばらく無言で涙を零していたが、やがて顔を上げると、不安げな表情で問い掛ける。
「いいの…?私で」
「アマーリエでなければ…意味がない」
 フランツの言葉に、アマーリエはまた涙ぐんだが、それでも、小さな声で答えを返した。
「私も…フランツじゃなきゃ…意味がないの」
「じゃあ…」
「私でよければ…結婚して」
「…ああ」
 二人はもう一度深く唇を合わせた。