そうしてブザーが鳴り、場内アナウンスがかけられ、照明がゆっくり暗くなると緞帳が上がる。舞台は下総佐倉にある座長の関谷演ずる主人公の隠居老人、森脇又左衛門の屋敷。掛け軸を種にしたこの屋敷の日常が分かる楽しい掛け合いがあった後、客人として訪れた宇佐美演ずる城代家老の帯刀が案内されて登場し、この屋敷の下働きの佐兵衛という男性との日常の関わりを描く掛け合いの後、又左衛門が登場する。その登場場所が最初にどこにいるか聞かれた女中が『厩じゃねえか』と言っていたのに対し、どう見ても『厠』にしか見えない扉からだったので、その言葉遊びに気づいた客席から小さな笑いが起こる。そうして二人に加えて息子の平八郎が席に着いた所から本筋が始まった。小さな笑いを含めながらもその内容の重要さが分かるテンポの良い会話にスターズの面々を含めた客席はどんどん引き込まれる。その会話は唐津の尼寺で藩の出入り商人である相模屋が偶然見つけた藩主大久保家の家紋の焼印入りの日光東照宮の守り札とそれを持っていた娘の事。その娘は幼い頃孤児として引き取られ、そのまま寺に残った娘だが、引き取られる前の記憶がない。しかしこの守り札と腕にある痣から、十五年前当時の大久保家の統治場所だったその唐津であった大火事で行方知れずになった藩主の妹、榛名姫ではないかと相模屋は考えた。しかし、過去に礼金目当てで守り札を偽造して姫と偽った女を連れてきた詐欺があったため、その一件から祖母の陽台院が疑り深くなっている上、本人の記憶がない分本物と胸を張って言う事が出来ない。それでも守り札の事もあり彼女をそのままにもしておけないので何とか確認の目通りをさせたい、そのために万が一人違いであっても身軽な隠居の身だけに勘違いの一言で済むであろう又左衛門にその娘を預けしばらくここに置き、立ち居振る舞いを見守りつつ又左衛門から陽台院に引き合わせて欲しいという頼み。又左衛門は勝手な事をと断ろうとするが、現当主である平八郎が引き受けてしまう。そうして詳しい話をしに奥へ行った帯刀と平八郎に取り残された又左衛門が庭にやってきて居合の稽古をする孫息子である小太郎に本当か嘘か分からない(小太郎は嘘だと思っている)武勇伝を語ったところでそこで最初の主題が分かりつつ又左衛門の性格と位置が観客に示される。しかしほんの軽い一言ではあったが、何となく引っかかるセリフがある事に気づいた緒方が呟く。
「…何だろうな、あの又左衛門ってじいさんが言った『眼の黒いうちに陽の目を見なければならぬこと』って。お姫様捜索の事じゃなさそうだよな」
「…まあその内分かるんじゃないですか」
そうして場面が変わり、又左衛門、平八郎、その妻である静江、事の発端である商人の相模屋、そしてその当事者であるゆきという娘に扮した若菜が登場して会話が進められていく。そうしてそれとなく姫が現小田原藩主の稲葉氏との縁組が考えられていたという話題などが話される中で、彼らの小田原に対する郷愁の念が語られる。そんな中で若菜は記憶にもない自分の身の上をいきなり見ず知らずの人間から提示されて戸惑い、怖れ、反発するが、安否を気遣う兄や祖母という人達のために、半分流される形ではあるが自分の正体をはっきりさせる事に同意する心の動きを、町娘の振る舞いの中に微かな気品を漂わせながら、可憐に演じる。その演技の自然な雰囲気と可憐さに星王はため息をつき、総師は感嘆する。
「…すげぇ、いつも大抵義経の後ろに隠れてる、おとなしいお姫さんじゃないみたいだ」
「…何とも良い意味で達者よのう。役にぴたりと自分を重ね合わせておる」
そうして静江役の女優に促されて若菜が去った後、今度はどこか武骨な雰囲気を漂わせた源四郎という侍が登場し、又左衛門と対峙する。そこで又左衛門は彼が起こしたいわれなき事で罵倒された怒りから上役を投げ飛ばし謹慎となった騒動に対しての戒めと、本来の武士の在り方について彼に語る。その言葉に一人の誇り高き武士としての又左衛門の姿が現われていた。その言葉を一同は何とも言えぬ感慨を持って聞く。後にこの言葉が大切な意味を持ってくるという事を知らずに――
そうしてまた場面が変わり、切干大根を作る作業の場面。そこで舞台最初の会話に出てきた言葉がまた返され良質の笑いをもたらした後、お茶を飲みながら榛名姫が行方知れずになった時の事が唐津の頃から仕えている佐兵衛によって語られる。そしてそのお茶の場面がまた狂言回しになりつつ、その後作業を再開した時手伝いにきたゆきが、丁度やってきた植木職人に馴れ馴れしく掛けられた手をとっさに『無礼者!』と振り払う。ゆき自身も、周りにいた一同も訳が分からず硬直し、それで今まで笑いの雰囲気になっていた場面に緊張感が走った所で場面が暗くなる。それでこの一言がゆきが榛名姫である可能性が高まった事が強調され、更に一同は芝居に引き込まれていった。その次の場面はその緊張感を和らげるためか、また森脇家の一場面を描いたもので、静江による小太郎の最近の不審な行状に対する説教大会が一通り行われ、又左衛門に更にきつくしかる様に言い渡して静江が去った後、又左衛門は彼の本心を見抜き、叱るどころか存分に若さを楽しむ様に一通り話した後、何と孫である彼に金を貸す様にせびるのである。そうして屁理屈を尽くして一分をせびりとり、『いつ返して頂けますか』という小太郎に『その時が来たら声をかけるわ』と何食わぬ顔で言った上、入れ違いでやってきた父である平八郎にはやはり何食わぬ顔で逆に『小太郎が小遣いをせびりに来たから追い返してやった』『何かと入用なのだろう、もっとタップリやらぬか』と言う又左衛門にまた客席から笑いが漏れる。スターズの面々も笑ったが、これすら後の展開に関わるとはその時は誰も思わなかった。そうしてせびりとった金で丁度来合わせた女中に莨を買いに行かせて一人になった所で舞台が溶暗する前に、今までの軽い雰囲気とは打って変わった静かで重い雰囲気の中、彼がまた呟く『わしの眼の黒いうちに陽の目をみたいものじゃ…』という言葉に、彼らは何とも言えない気持ちになった。『陽の目をみたいもの』とは何だろう。又左衛門が考えている事とは何だろうと――
そうしてまた場面が変わり、ゆきの祖母の可能性がある陽台院によるゆきの見聞の場面となる。お付きの女性を連れた陽台院はどこか厳しい雰囲気でゆきと対峙する。陽台院はゆきの持っていた守札を見るが、『このような細工、造作もなかろう』と冷たく返す。次に緊張と恐れで動けないゆきの代わりに静江がゆきの袖をまくり腕の痣を見せるが、それも『同じ痣の様じゃの、なれどこれも入れ墨の業をもってすれば造作もなかろう』とあしらい、『顔立ちに面影がある様にも思えるが、定かではない。他人の空似という事もある、記憶を失っている事も榛名でなければ覚えていない事も尋ねられぬから都合がいい』とあくまで冷たい態度の陽台院。しかし緊張と恐れで座っている事がやっとのゆきの代わりに同席している静江が、ゆきが唯一思い出した雛節句の一場面の記憶を語ると、陽台院に動揺が走る。確かにそれは榛名姫の起こした出来事だったからだ。それを聞いて一同は明るくなるが、それでも同席していた人間もいたから外に漏れていてもおかしくないと更に頑なに返す。余りに頑なな態度に城代家老の帯刀が宥めても、陽台院は彼女を榛名姫と呼んで抱きしめる何かが足りないと頑なに疑い、それ故に殿に彼女が死んだと思っていた妹だと会わせる事は出来ないと拒み、一同の落胆の中陽台院はゆきの将来を良い様に計らう様命じ、たった一言だけ優しくゆきに『健やかにの』と声をかけ去ろうとした。その時異変が訪れる。ゆきが不意に咳きこみ出したのだ。それを見た陽台院は立ち止まり、ゆきに『病もちか』と尋ねる。その問いにゆきが『気が張ると、咳が出るのでございます』とただ素直に発した言葉で陽台院の表情が崩れた。ゆきを抱き締め、背中をさすりながら感極まった口調で『榛名じゃ、間違いなく榛名じゃ、榛名も気が張ると咳が出てやまなかったものじゃ。よく生きておってくれた。婆じゃ、婆じゃ榛名、咳が出ると、こうしていつも背をさすってやったものじゃ』と言葉を紡ぎ、ゆきが問いかける様に『ばばさま…?』と呟くとそれに対し『そうじゃ、お前の祖母じゃ。さぞ辛かったであろうの、良く生きておってくれた』と感極まった様子で語りかけ、抱きしめ続ける。ゆきは姫である事など関係なく、ただただ自分の祖母だという尼僧の情を噛みしめる様に、しかし本当の身内だと信じたいかの様に静かにまた『ばばさま…』と呟き、ただ抱き締められるままになり、俯いている。しかしその呟きの口調で、彼女が孤児だと思っていた自分に肉親がいたという事への嬉しさの涙をこらえているのだというのが観客には充分伝わった。そうして舞台上も会場内も感動のうちに緞帳が閉められ、休憩に入った。
休憩に入った所でスターズの一同はとりあえず前半の感想を話し始める。
「まあ、素人芝居やったらあんなもんやろ」
「真面目な所はすごく真面目なんですけど、しっかり笑いも入れてるのがすごいですね~」
「しかもさらっと言ってる事が忘れた頃にネタとして出てくるから言動全部が見落とせないよ」
「しかしきちんとそれらすべてが効果的に使われているのは見事だな」
「づら」
「それにあの又左衛門ってじいさん、不真面目かと思えば真っ当だったり真面目な所もあって、不思議な感じだよな」
「それに、それぞれの人間模様がまた目が離せない。趣味の集団でここまでの脚本とは素晴らしいの」
「それに姫さんの芝居、一生懸命さもそうだけど、町娘だって思ってる役なのにちゃんと元々のお姫様の気品も出してたところがすごいよな」
「それに全然そこにわざとらしさがないですしね」
「お姫、相当今年は頑張ったのね」
「これも義経君効果かしら?」
「そうかもしれんな。後はその義経が出てくるのを待つか」
そう言って一同は笑った――
それと同時刻の男子楽屋。一旦楽屋に戻った義経は若菜の行動に目を見張っていた。緞帳が下りたとたん、彼女は音を立てない程度であったが駆ける様な早足で男子楽屋に戻ると、結っていた日本髪を何のためらいもなく素早く崩し始めた。櫛と簪と鹿の子を外し、髪を留めているピンをどんどんむしり取り、かもじを取って元結いらしいゴムを引っ張って外し、待機していた由美に「じゃあづら下お願いします」と頼み羽二重を手早く着けてもらうと、いきなり帯を解き着物を脱いで襦袢姿になって「着替え前に三分もらいます」と言い、先刻用意していた化粧道具で手早くメイクを変えていく。男子がいる所で下着である襦袢姿でいるなど、女性としても、若菜自身の性格からしても大胆だと義経は思ったが、その鬼気迫る雰囲気にはその気恥ずかしさすら吹き飛んでしまう。そうしてメイクを済ませると、やはり待機していた小笠原ともう一人の着付けスタッフに「お願いします」と声をかけ、小笠原達は手早く彼女に衣装を着せていく。そうして着付けが終わり、かつらを被ると彼女の姿はもう大名の姫になっていた。しかも所要時間は丁度10分。義経はそこに彼女の役者としての心意気を感じた。すべて着終わった所でやっと一息ついた若菜は小笠原に「脱いだ着物、衣紋掛けにかけてもらえますか。これだとちょっとできないので…」と丁寧に頼んで衣紋掛けにかけて貰い、お礼を言うと、「じゃあ二幕、行ってきます」と言って楽屋を出る。義経も後を追い、彼女の表情をまた見つめる。その役者としてのたたずまいと表情を見ていると、緊張感とは違った身の引き締まる思いを感じつつ、そうした状態に無意識だろうが自分を持って行ってくれる彼女に感謝を覚えていた――
「…何だろうな、あの又左衛門ってじいさんが言った『眼の黒いうちに陽の目を見なければならぬこと』って。お姫様捜索の事じゃなさそうだよな」
「…まあその内分かるんじゃないですか」
そうして場面が変わり、又左衛門、平八郎、その妻である静江、事の発端である商人の相模屋、そしてその当事者であるゆきという娘に扮した若菜が登場して会話が進められていく。そうしてそれとなく姫が現小田原藩主の稲葉氏との縁組が考えられていたという話題などが話される中で、彼らの小田原に対する郷愁の念が語られる。そんな中で若菜は記憶にもない自分の身の上をいきなり見ず知らずの人間から提示されて戸惑い、怖れ、反発するが、安否を気遣う兄や祖母という人達のために、半分流される形ではあるが自分の正体をはっきりさせる事に同意する心の動きを、町娘の振る舞いの中に微かな気品を漂わせながら、可憐に演じる。その演技の自然な雰囲気と可憐さに星王はため息をつき、総師は感嘆する。
「…すげぇ、いつも大抵義経の後ろに隠れてる、おとなしいお姫さんじゃないみたいだ」
「…何とも良い意味で達者よのう。役にぴたりと自分を重ね合わせておる」
そうして静江役の女優に促されて若菜が去った後、今度はどこか武骨な雰囲気を漂わせた源四郎という侍が登場し、又左衛門と対峙する。そこで又左衛門は彼が起こしたいわれなき事で罵倒された怒りから上役を投げ飛ばし謹慎となった騒動に対しての戒めと、本来の武士の在り方について彼に語る。その言葉に一人の誇り高き武士としての又左衛門の姿が現われていた。その言葉を一同は何とも言えぬ感慨を持って聞く。後にこの言葉が大切な意味を持ってくるという事を知らずに――
そうしてまた場面が変わり、切干大根を作る作業の場面。そこで舞台最初の会話に出てきた言葉がまた返され良質の笑いをもたらした後、お茶を飲みながら榛名姫が行方知れずになった時の事が唐津の頃から仕えている佐兵衛によって語られる。そしてそのお茶の場面がまた狂言回しになりつつ、その後作業を再開した時手伝いにきたゆきが、丁度やってきた植木職人に馴れ馴れしく掛けられた手をとっさに『無礼者!』と振り払う。ゆき自身も、周りにいた一同も訳が分からず硬直し、それで今まで笑いの雰囲気になっていた場面に緊張感が走った所で場面が暗くなる。それでこの一言がゆきが榛名姫である可能性が高まった事が強調され、更に一同は芝居に引き込まれていった。その次の場面はその緊張感を和らげるためか、また森脇家の一場面を描いたもので、静江による小太郎の最近の不審な行状に対する説教大会が一通り行われ、又左衛門に更にきつくしかる様に言い渡して静江が去った後、又左衛門は彼の本心を見抜き、叱るどころか存分に若さを楽しむ様に一通り話した後、何と孫である彼に金を貸す様にせびるのである。そうして屁理屈を尽くして一分をせびりとり、『いつ返して頂けますか』という小太郎に『その時が来たら声をかけるわ』と何食わぬ顔で言った上、入れ違いでやってきた父である平八郎にはやはり何食わぬ顔で逆に『小太郎が小遣いをせびりに来たから追い返してやった』『何かと入用なのだろう、もっとタップリやらぬか』と言う又左衛門にまた客席から笑いが漏れる。スターズの面々も笑ったが、これすら後の展開に関わるとはその時は誰も思わなかった。そうしてせびりとった金で丁度来合わせた女中に莨を買いに行かせて一人になった所で舞台が溶暗する前に、今までの軽い雰囲気とは打って変わった静かで重い雰囲気の中、彼がまた呟く『わしの眼の黒いうちに陽の目をみたいものじゃ…』という言葉に、彼らは何とも言えない気持ちになった。『陽の目をみたいもの』とは何だろう。又左衛門が考えている事とは何だろうと――
そうしてまた場面が変わり、ゆきの祖母の可能性がある陽台院によるゆきの見聞の場面となる。お付きの女性を連れた陽台院はどこか厳しい雰囲気でゆきと対峙する。陽台院はゆきの持っていた守札を見るが、『このような細工、造作もなかろう』と冷たく返す。次に緊張と恐れで動けないゆきの代わりに静江がゆきの袖をまくり腕の痣を見せるが、それも『同じ痣の様じゃの、なれどこれも入れ墨の業をもってすれば造作もなかろう』とあしらい、『顔立ちに面影がある様にも思えるが、定かではない。他人の空似という事もある、記憶を失っている事も榛名でなければ覚えていない事も尋ねられぬから都合がいい』とあくまで冷たい態度の陽台院。しかし緊張と恐れで座っている事がやっとのゆきの代わりに同席している静江が、ゆきが唯一思い出した雛節句の一場面の記憶を語ると、陽台院に動揺が走る。確かにそれは榛名姫の起こした出来事だったからだ。それを聞いて一同は明るくなるが、それでも同席していた人間もいたから外に漏れていてもおかしくないと更に頑なに返す。余りに頑なな態度に城代家老の帯刀が宥めても、陽台院は彼女を榛名姫と呼んで抱きしめる何かが足りないと頑なに疑い、それ故に殿に彼女が死んだと思っていた妹だと会わせる事は出来ないと拒み、一同の落胆の中陽台院はゆきの将来を良い様に計らう様命じ、たった一言だけ優しくゆきに『健やかにの』と声をかけ去ろうとした。その時異変が訪れる。ゆきが不意に咳きこみ出したのだ。それを見た陽台院は立ち止まり、ゆきに『病もちか』と尋ねる。その問いにゆきが『気が張ると、咳が出るのでございます』とただ素直に発した言葉で陽台院の表情が崩れた。ゆきを抱き締め、背中をさすりながら感極まった口調で『榛名じゃ、間違いなく榛名じゃ、榛名も気が張ると咳が出てやまなかったものじゃ。よく生きておってくれた。婆じゃ、婆じゃ榛名、咳が出ると、こうしていつも背をさすってやったものじゃ』と言葉を紡ぎ、ゆきが問いかける様に『ばばさま…?』と呟くとそれに対し『そうじゃ、お前の祖母じゃ。さぞ辛かったであろうの、良く生きておってくれた』と感極まった様子で語りかけ、抱きしめ続ける。ゆきは姫である事など関係なく、ただただ自分の祖母だという尼僧の情を噛みしめる様に、しかし本当の身内だと信じたいかの様に静かにまた『ばばさま…』と呟き、ただ抱き締められるままになり、俯いている。しかしその呟きの口調で、彼女が孤児だと思っていた自分に肉親がいたという事への嬉しさの涙をこらえているのだというのが観客には充分伝わった。そうして舞台上も会場内も感動のうちに緞帳が閉められ、休憩に入った。
休憩に入った所でスターズの一同はとりあえず前半の感想を話し始める。
「まあ、素人芝居やったらあんなもんやろ」
「真面目な所はすごく真面目なんですけど、しっかり笑いも入れてるのがすごいですね~」
「しかもさらっと言ってる事が忘れた頃にネタとして出てくるから言動全部が見落とせないよ」
「しかしきちんとそれらすべてが効果的に使われているのは見事だな」
「づら」
「それにあの又左衛門ってじいさん、不真面目かと思えば真っ当だったり真面目な所もあって、不思議な感じだよな」
「それに、それぞれの人間模様がまた目が離せない。趣味の集団でここまでの脚本とは素晴らしいの」
「それに姫さんの芝居、一生懸命さもそうだけど、町娘だって思ってる役なのにちゃんと元々のお姫様の気品も出してたところがすごいよな」
「それに全然そこにわざとらしさがないですしね」
「お姫、相当今年は頑張ったのね」
「これも義経君効果かしら?」
「そうかもしれんな。後はその義経が出てくるのを待つか」
そう言って一同は笑った――
それと同時刻の男子楽屋。一旦楽屋に戻った義経は若菜の行動に目を見張っていた。緞帳が下りたとたん、彼女は音を立てない程度であったが駆ける様な早足で男子楽屋に戻ると、結っていた日本髪を何のためらいもなく素早く崩し始めた。櫛と簪と鹿の子を外し、髪を留めているピンをどんどんむしり取り、かもじを取って元結いらしいゴムを引っ張って外し、待機していた由美に「じゃあづら下お願いします」と頼み羽二重を手早く着けてもらうと、いきなり帯を解き着物を脱いで襦袢姿になって「着替え前に三分もらいます」と言い、先刻用意していた化粧道具で手早くメイクを変えていく。男子がいる所で下着である襦袢姿でいるなど、女性としても、若菜自身の性格からしても大胆だと義経は思ったが、その鬼気迫る雰囲気にはその気恥ずかしさすら吹き飛んでしまう。そうしてメイクを済ませると、やはり待機していた小笠原ともう一人の着付けスタッフに「お願いします」と声をかけ、小笠原達は手早く彼女に衣装を着せていく。そうして着付けが終わり、かつらを被ると彼女の姿はもう大名の姫になっていた。しかも所要時間は丁度10分。義経はそこに彼女の役者としての心意気を感じた。すべて着終わった所でやっと一息ついた若菜は小笠原に「脱いだ着物、衣紋掛けにかけてもらえますか。これだとちょっとできないので…」と丁寧に頼んで衣紋掛けにかけて貰い、お礼を言うと、「じゃあ二幕、行ってきます」と言って楽屋を出る。義経も後を追い、彼女の表情をまた見つめる。その役者としてのたたずまいと表情を見ていると、緊張感とは違った身の引き締まる思いを感じつつ、そうした状態に無意識だろうが自分を持って行ってくれる彼女に感謝を覚えていた――