そうして休憩が終わり、またブザーが鳴り、アナウンスの後舞台が暗くなると、二幕の緞帳が開けられる。舞台はほの暗く、どうやら夜の場面らしい。そして何やら食事の用意がされた座敷で又左衛門が誰かを待っている風情で座っている。程無くして静江に連れられて、有馬藤七郎という又左衛門の友人である侍がやって来る。嬉しそうに冗談も含めた会話をするその内容で、藤七郎がほんの少し前まで五年間江戸家老職として江戸にいた事や、彼らと一幕でも出てきた城代家老の帯刀の三人が同期の友人である事が分かる。そうして笑っていると平八郎と源四郎が登場し、藤七郎がそれぞれに言葉を掛け、その会話で源四郎が江戸にまで名が広がる剣の使い手で、最近一刀流皆伝をもらった事や、藤七郎と入れ替わりのタイミングで藩主の近習として江戸詰になることが決まり、江戸へ出立するために挨拶をしに来た事、藤七郎の後の江戸家老がまだ決まっていない事等が話され、その言葉を聞いた又左衛門が源四郎に祝いの杯を渡そうとするのを平八郎が制し『自分達は向こうで同期のよしみの酒を酌みます故、父上はご家老とどうぞおくつろぎ下され』と言って去る。その様子に又左衛門が呆れた様に『付き合いの悪さよ、あいつは出世せんな。わしの半分も要領があればよいのじゃが…』と言うのに対し藤七郎が『おぬしはありすぎじゃ。もっともそれで城代家老まで務めたのじゃから文句は言えんがの。いやいや付き合いというやつ、大変なものじゃ』と返し、そこから藤七郎が江戸詰め時にあった『付き合い』の苦労話になっていく。その付き合いとは諸藩江戸家老によって月一、二回行われる『懇親会』と呼ばれる顔合わせの話。その実態は石高の大きい藩の江戸家老の音頭によってとられる一流料亭で飲み食いして吉原へ繰り出す様などんちゃん騒ぎ。石高によって席順まで決められ、傲慢な大藩の家老によって小藩の家老は顎で使われ、まるで奉公人の様な扱いをされる。下らない、愚劣だと思っても出ないと御用で村八分にされ、陰口を言われ公儀の情報も回してもらえなくなるので辛くてもただ辛抱するしかないと厳しい表情を見せる藤七郎に、又左衛門は義憤と藤七郎に対するいたわりが込められた言葉を掛ける。スターズの面々もその内容に創作だと分かっていても政治の汚い部分、そして理不尽な扱いに怒りを覚えても耐えるしかない人間の悔しさを感じ取った。この懇親会の話が後半の重大な鍵になるともまだ分からないままに――そうして今度は静江に連れられ帯刀がやって来る。酒が更に追加され、江戸の藩主から手紙が来たという帯刀のセリフから始まる三人の盃を酌み交わしながらの会話で『小田原藩望郷』のサブタイトルの意味と、一幕から節目節目に又左衛門が言っていた『陽の目をみたいもの』が明かされる。又左衛門が『陽の目をみたいもの』、それは大久保家の小田原帰参だったのだ。二代目藩主大久保忠隣が改易されてから七十五年、当初五、六年は当時の将軍家康の怒りも解けないだろうと覚悟していたが、後釜に座ったのが稲葉氏であった事が後を引く。家康が亡くなり、二代目秀忠と続いて三代目将軍になったのが稲葉氏の母である春日局が育てた家光。もう当分は動かないと思いつつも毎年毎年公儀に何度も帰参の嘆願書を送っては無視されるの繰り返し。又左衛門がそれに対して『安詳三河以来の徳川家重臣、譜代大名であるわが藩をかくコケにするいわれは何なのじゃ!』と怒り、それに藤七郎が『やはり神君家康公のご下命が尾を曳いているのであろうかの』と沈痛な様子で、帯刀が悔しげに『二代稲葉殿の見事な小田原藩統治もある。その上老中にも座を連ねておった。その小田原を明け渡せなぞと、われらの歎願などどこ吹く風じゃ』と続ける。更に藤七郎が弱気な口調で『なれど稲葉殿もはや三代じゃ、いい加減ご公儀もわれらが望み、耳を傾けてくれてもいいと思うがのう…』と呟いた言葉に又左衛門が『情けないことを申すな、諦めてはならぬ。これでもか、これでもかと歎願を続けるのじゃ。小田原は藩祖忠世公が江戸開闢以来、家康公より託された父祖の地ぞ、小田原藩帰参こそ、わが藩の悲願であり、使命じゃ。二代目忠隣公の無念に報いる事こそ、事こそ…!』と叱りつけながらも感極まり涙を零す。その駄々っ子の様な泣き様の又左衛門を帯刀が宥めつつ、本当は一日も住んだ事のない小田原にこれほど望郷の思いに駆られる自分達を不思議に思いながらも、父や祖父に聞かされ続け、頭にしみ込んだ実際に住んだ土地以上に本物のまだ見ぬ故郷に思いを馳せ、それに藩主の思いが加われば尚更、眼の黒いうちに小田原藩帰参、陽の目を見せてくれと頼む又左衛門に、そう言われた帯刀が無念を滲ませて『任せておけ、と言いたいところじゃがのう又左、こればかりはご公儀の沙汰がなければどうにもならぬ、ならぬのじゃ』と苦しさを吐き出す様に強い口調で言葉を返す。そこで会話が途切れ、しばらくの間の後に彼らの、そして藩主の心が伝わる三人の言葉がそれぞれ出される。藤七郎が『…来るかの、わしらの眼の黒いうちに陽の目を見る日が…』と呟き、帯刀が静かに『殿は申された、余の心はとうに小田原へ参っておると』と言葉を紡ぎ、目頭を押さえる。その言葉に藤七郎と又左衛門もそれぞれ藩主の思いを受け取り、『殿が…殿がその様に…』『殿…』と目頭を押さえ、肩を震わせ泣く老人三人の姿が暗転の暗闇に消えていく。その望郷と無念が充分伝わる姿に舞台からは拍手が起こり、スターズの面々も彼らの思いが出た演技に惜しみない拍手を送った――

 義経は舞台袖から三人の演技を見ていた。演技を作っている時から全員一致でここは藩主にとって大事な場面だと認識し、大切にしようと話していたので若菜と二人で話して役に入り込むためにも彼らのセリフを、そして動作一つ一つを見て刻みつける事にしていたからだ。そして刻みつけながら関谷や宇佐美や後藤や若菜と一緒に考えた彼らの思いを、そして自らの望郷の思いの役付けにもう一つ彼らと秘密で作った藩主中心の物語を改めて思い出す。自分の従兄弟で義父でもある先代藩主は小田原へ帰れぬ時は妹の榛名を小田原藩藩主へ嫁がせ、その血だけでも小田原に残そうと考えていて、まだ少年だった自分はその事に疑問を持たなかった。しかしその妹は幼くして火事で焼け出され、記憶を失い、姫としてではなく町屋の娘として育ってきた。確かに15年の時を経て無事成長し戻ってきたし、今では祖母の事も自分の事も思い出し、祖母や兄と慕い、姫としての生活にもようやく慣れ、少しづつ幼い頃の記憶を取り戻してきてはいるが、この15年間の生活で培われた彼女の性格や自分達に見せる姫らしくはないが素朴な温かさを持った心遣いや行動を考えると、この妹をたとえ望郷の念があり、そうでなくても大名の姫という身分でのある意味定められた生き方というものがあるとしても、義父の考えの様にまるで血を残すためだけの道具の様に使う事などはもちろん、他の藩の姫の様に身分の釣り合いのみだけで嫁がせる事ですら余りに酷い事だと思った。確かに身分は姫ではあり、これからはそういう生活をしていくとしても、今では兄としてこの妹には本質のところでは彼女が育ってきた町屋の様な素朴な幸せを得て、姫らしくなくても良いからそのままの素朴な優しい心を持った人間として生きていって欲しいと考えている。妹を使って血だけでも残すなどという小細工はしない。小田原への帰参は自らの実力で果たしてみせる。そして榛名はもちろん、こうして帰参を悲願として生きている又左衛門達を筆頭とした家臣全員で小田原に必ず戻るのだ。絶対出来るはずだ。何故なら自分の心はいつも小田原とともにあるのだから、と――そうして緊張はありつつも『義経光』としてではなく、藩主『大久保忠朝』としての気持ちに切り替えていく表情の変化を傍で見ていて感じたのか、若菜は場面転換で板付き(場面の最初から舞台にいる事)の出番だが、出ていく前にそっと彼の袖を引く。それに気づいた彼がはっとして彼女の顔を見ると、彼女は姫の表情で静かに微笑んで一言囁く。
「行ってまいります」
 その囁きに義経は一瞬驚いたが、すぐに彼女の言葉と心に後押しされ、自らの心が役に引き付けられていき、藩主の、そして兄の表情でふっと微笑み返して頷く。彼女はもう一度微笑みを返すと静かに姫の気品を漂わせ、舞台へ出て行った――